2018年7月21日土曜日

消えていくなら朝 @新国立劇場

◆あらすじ(公式サイトより)
家族と疎遠の作家である定男は、五年ぶりに帰省する。
作家として成功をおさめている定男であったが、誰もその話に触れようとしない。
むしろその話を避けている。家族は定男の仕事に良い印象を持っていないのだ。
定男は切り出す。

「......今度の新作は、この家族をありのままに描いてみようと思うんだ」

家族とは、仕事とは、表現とは、人生とは、愛とは、幸福とは、親とは、子とは、
様々な議論の火ぶたが切って落とされた。 本音をぶつけあった先、その家族に
何が起こるのか。
何が残るのか。


◆感想
観ていて苦しかったお芝居。
久しぶりにあう父子のぎくしゃくした会話も。
「家族だからこそ心にしまっていたこと」を吐き出しあうシーンも。

「サダオはちゃらんぽらんで、苦労したことがないから~」という家族。
「芝居も見に来たことがないのに、俺が苦労していないとなぜ言える?」とサダオ。

サダオが営業マンである兄に「自分にはできない仕事。尊敬する」というと、
兄は「その言い方、嫌味だな、どうせ馬鹿にしてるんだろ」と反論。

お父さん子だと思っていた妹は、「お父さんが一人でかわいそうだったから、一緒にいた。お兄ちゃんの代わりに私が息子になろうと思った」と告白。
(子供時代、宗教にはまった母は兄をつれまわして宗教活動していたため父は一人…)

「家族だから」こそ他人とは違う気の遣い方をするし、言えないこともある。
一緒に暮らしていたから相手のことを知っているつもりでも、実は違う。
「家族だから」こその苛立ちや諦めや、過去にあった「なかったことにしたい」こと。

苦しかったのは、家族の中でのタブーをあんなふうに直接的に言葉にされて、
(エピソードは違えど)私自身と家族とのかかわりが浮き彫りにされたようだったこと。
そしてきっと(うちなら)、吐き出しあっても、それがまた無かったことになって、
なんとなく収まっていくだろうということ。それはそれでタブーが増えるだけだ。

ラストは、ぜんぶ吐き出した後に、これからどうするのか、家族はどう考えるのかを、
観客にゆだねる終わり方だった。
ゆだねられた私の答えは「タブーが増える」だったから、苦しさは消えなかった。
それと、「消えていくなら朝」というタイトルの意味がわからなかった。


◆出演
鈴木浩介/山中 崇/高野志穂/吉野実紗/梅沢昌代/高橋長英





2018年7月20日金曜日

天守物語 -夜叉ヶ池編- @花園神社

出張会議後、飲み会かと思いきやあっさり解散。ぽかっと空いた予定。
慣れない会議にハイヒールで疲れていたため、少し迷ったが、行くことにした。

初めての野外劇。
物語が進むと、外の空気が相乗効果を生み、物語の中にいるような感覚になった。

お花釣りや亀姫様登場のシーンで風がふくと、あ、私もこの場面にいる、と思う。
車のライトが雷のような効果を生む。
幕が風に揺れると、妖しさがよりいっそう際立つ。
特に天守閣の、あの色をおさえた幕は、何か居そうで涼しげで、なんども目をやった。

お話は、みっつの物語が組み合わさっていた。
天守物語と、夜叉ヶ池と、現代(鏡花の時代)と。
はじめに母子が出てきたときは、?がいっぱいだったけれど、あんな風にリンク
するのかと、加納さんならではの演出だと思った。

そしてラストの仕掛けにびっくり。
舞台そでから客席の後ろから、洪水に見立てたおおきな幕が舞台上へと押し寄せる。
そして崩れる天守閣。圧巻。

天守物語と、夜叉ヶ池のもとのあらすじが思い出せなくなるほどの構成、
みっつの話を行き来するのに、観ていてすんなり入ってくるストーリーは
あっぱれでございました。

暑かったけれども、たまに吹く夜風が心地よく。
お隣さんが団扇で扇ぐ風も、意図せずおすそ分けいただいてしまった。
お祭り気分も味わえて、素晴らしい時間を過ごすことができました。
ありがとうございました。


◆出演
松本紀保、原川浩明、粟野史浩、田渕正博、木下藤次郎、鳥越勇作、趙徳安
井上カオリ、岡村多加江、浜野まどか、瀬山英里子、山中淳恵、犬飼淳治
一色洋平、時津真人、佐久間淳也、鈴木幸二、斉藤健、青野竜平、岩渕敏司
永栄正顕、町屋圭佑、舟山利也、外波山流太、中島愛子、碧さやか、牧野未幸
鈴木彩乃、天羽亜衣、下元史朗、水野あや、外波山文明